大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和55年(ワ)644号 判決

原告(反訴被告)

大槻亀司

被告(反訴原告)

大塚政吉

ほか一名

主文

1  被告(反訴原告)大塚政吉及び被告大塚貞雄は、原告(反訴被告)に対し、各自金七五六万七七四一円及び内金六八六万七七四一円に対する昭和五四年四月二七日から、内金七〇万円に対する昭和五八年一〇月二二日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)大塚政吉に対し、金八二万一九八二円及びこれに対する昭和五四年四月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告(反訴被告)のその余の請求及び被告(反訴原告)大塚政吉のその余の請求を、いずれも棄却する。

4  訴訟費用は本訴反訴を通じ、これを五分し、その四を原告(反訴被告)の、その一を被告(反訴原告)大塚政吉及び被告大塚貞雄の各負担とする。

5  この判決の第1・2項は、いずれも仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  被告(反訴原告)大塚政吉(以下「被告政吉」という。)及び被告大塚貞雄(以下「被告貞雄」という。)は各自原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、金二八七三万七一八六円及び内金二六二三万七一八六円に対する昭和五四年四月二七日から、内金二五〇万円に対する昭和五五年七月一八日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告政吉及び被告貞雄の負担とする。

3  仮執行宣言

二  本訴請求の趣旨に対する被告政吉及び被告貞雄の答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は被告政吉に対し、金一一八万八四七一円及びこれに対する昭和五四年四月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する原告の答弁

1  被告政吉の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告政吉の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  本件事故の発生

(一) 発生日時 昭和五四年四月二七日午前一一時〇分ころ

(二) 発生場所 埼玉県越谷市大字大泊三一番地三先道路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(大宮四四せ四三六八、以下「被告車」という。)

(四) 右運転者 被告政吉

(五) 被害車両 普通貨物自動車(大宮四四た六六四、以下「原告車」という。)

(六) 右運転者 原告

(七) 事故の態様 歩車道の区分のない幅員約六・一メートルの前記道路を、原告が原告車を運転して越谷方面から取手方面に向け進行中、これに対向して被告車を運転していた被告政吉が、左に急カーブしているため前方の見通しの悪い本件事故現場において、センターラインを越えて進行したため、被告車の前中央部を原告車の右角前部に衝突させた。

2  責任

(一) 被告政吉(民法七〇九条)

本件事故現場付近の道路は、歩車道の区分がなく、白線のセンターラインがあり、急カーブで見通しの悪い幅員約六・一メートルの舗装された道路であり、そのため制限速度は時速三〇キロメートルとされている。従つて、被告政吉は、自動車運転者として、急カーブで見通しのきかない狭い道路を走行するのに際し、被告車を時速約三〇キロメートル以下に減速し、あらかじめ自車線の左に寄り、前方を十分注視して運行すべき注意義務があるのにこれを怠り、前方を注視せず漫然とセンターラインを越え、時速四〇キロメートル以上で走行した過失により、原告車の発見が遅れた上、急制動もしくは左に進路を変更すること等の避譲措置をとることができず、そのまま原告車の右角前部に被告車の前中央部を衝突させたものである。

(二) 被告貞雄(自賠法三条)

被告貞雄は、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものである。

3  損害

(一) 受傷及び後遺障害

(1) 原告は、本件事故により、頭部及び胸部打撲等の傷害を受け、昭和五四年四月二七日から同年四月二九日まで越谷十全病院に、同年四月二九日から同年五月一一日まで埼玉医科大学附属病院に、同年六月二〇日から同年九月二七日まで同病院にそれぞれ入院し、合計一〇五日間入院したほか、同年五月一二日から同年六月一九日まで埼玉医科大学附属病院に、同年九月二八日から現在に至るまで同病院に通院し、治療を受けている。

(2) 後遺障害

原告の症状は、昭和五四年一一月一二日固定したが、原告には前記受傷により、介添なしの立位、歩行の不能、歩行時の右側偏奇、手、体のふるえ、視運動性眼振、精神的緊張による吃り、爆発的言動等の著しい平衡機能障害が残存するに至り、終身労務に服し得ないものとなつたから、自賠法施行令別表後遺障害等級表三級三号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」に該当する。

(二) 損害額

(1) 入院雑費及び看護料 三四万六五〇〇円

前記入院期間の一〇五日間について、一日当り五〇〇円の割合で支出した入院諸雑費五万二五〇〇円と、右入院期間中一日当り二八〇〇円の割合で要した近親者の看護料二九万四〇〇〇円とを合計すると、前記金額となる。

(2) 休業損害 一八一万五四五四円

原告は貨物の運送及び組立の仕事に従事し、昭和五三年五月から昭和五四年四月までの一年間の総収入は四〇二万八九六〇円であり、その間の諸経費は六九万四四二五円であつた(ガソリン代二五万八六九五円、税金及び車検代等四三万五七三〇円)。従つて、その間の純収入は三三三万四五三五円である(一か月の平均収入二七万七八七七円(円未満切捨、以下同じ。)、一か月を三〇日として一日の平均収入九二六二円)。

ところで、原告は、本件事故による受傷のため、昭和五四年四月二七日から同年一一月一二日(症状固定日)までの六か月と一六日間休業を余儀なくされたのであるから、右純収入額を基礎としてその間の休業損害を算定すると前記金額となる。

(3) 逸失利益 三六一三万九六九〇円

原告は、一年間の純収入として少なくとも三三三万四五三五円を得ることができたが、前記後遺障害のため、労働能力の一〇〇パーセントを喪失したものであるところ、右症状固定当時は五一歳であつたから、稼働可能年数を一六年とし、ライプニツツ式計算法により中間利息を控除(ライプニツツ係数一〇・八三八)すると、前記金額となる。

(4) 近親者付添費(将来の介護料) 九〇二万七〇〇〇円

原告の年間介護料は六〇万円(三級)であり、その余命は症状固定時から二三年間(平均寿命七四歳)と考えられるから、ホフマン式計算法により中間利息を控除(ホフマン係数、一五・〇四五)すると右金額となる。

(5) 慰藉料 一二〇〇万円

原告は前記営業に従事し、妻と二人で何不自由なく生活していたが、本件事故により前記後遺障害を蒙り、今後の生活に多大の不安を抱えている。その精神的肉体的苦痛を慰藉するには一二〇〇万円が相当である。

(6) 弁護士費用 二五〇万円

原告は、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人に委任し、弁護士費用として二五〇万円を支払う旨約した。

4  一部請求と損害の填補

前記3(二)(1)ないし(6)記載のとおり、原告は総額六一八二万八六四四円の損害を蒙つたが、本件事故につき、原告にも四〇パーセント程度の過失があることを認めてこれを控除し、さらに、自賠責保険金八三六万円を受領したのでこれをも控除すると、残金は二八七三万七一八六円となる。

5  よつて、原告は被告政吉及び被告貞雄各自に対し、金二八七三万七一八六円及び弁護士費用二五〇万円を除く内金二六二三万七一八六円に対する本件事故の日である昭和五四年四月二七日から、右弁護士費用二五〇万円に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五五年七月一八日から、各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本訴請求原因に対する被告政吉及び被告貞雄の認否

1  本訴請求原因1の事実中、原告主張の日時及び場所において、原告車と被告車が衝突したこと及び右衝突が起きた道路が歩車道の区分のない幅員約六・一メートル道路で、原告が原告車を運転して越谷方面から取手方面に向け進行し、被告政吉が被告車を運転し、原告に対向して進行していたことは認めるが、その余は否認する。

2  同2の事実について。(一)のうち、本件事故現場付近の道路が歩車道の区分がなく白線のセンターラインのある急カーブで見通しの悪い幅員約六・一メートルの舗装された道路であることは認めるが、その余は否認する。(二)は認める。

3  同3の事実はいずれも不知。

原告の後遺症は、本件事故による受傷に起因するものではない。

原告は、昭和三九年ころ、交通事故により前額部及び後頭部打撲の傷害を受け、昭和四一年には外傷性小脳失調の診断を受け、平衡機能障害と考えられる症状を来たし、身体障害者手帳の交付を受け、約半年間の機能回復訓練の後軽快したことがある。従つて、原告の後遺症が本件事故による受傷を契機に発生したものであるとしても、原告にはもともと右のような体質的素因があつたものと考えるのが相当であり、このことは損害額の算定にあたり、斟酌さるべきである。

また、原告の後遺症は、七級四号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当するものとみるのが相当である。

4  同4の事実のうち、原告が自賠責保険金八三六万円を受領したことは認めるが、その余は争う。

5  同5は争う。

三  被告政吉及び被告貞雄の主張(免責又は過失相殺)

1  本件事故は、原告が見通しの悪いカーブにおいて、警音器を鳴らすことなく、センターラインを越えて、被告車の進路前方を対向して進行したことにより発生したものである。一方、被告政吉は、被告車を運転し、本件事故現場付近の道路自車線内を時速四〇キロメートルの速度で進行していたのであり、また、本件事故現場付近は被告車からみて左に急カーブし、対向車線の見通しは約二〇メートルであつたから、被告政吉が危険を感じて急制動の措置をとり衝突するまでの間は、ほんの一秒程度の余裕しかなく、ハンドルを左にきる避譲措置をとることも因難であつた。

2  従つて、本件事故は、原告の一方的過失に起因するものであつて、被告政吉には、本件事故に関し、何ら過失がない。

また、被告車には本件事故当時構造上の欠陥もしくは機能上の障害はなかつた。

3  仮に、被告らに何らかの責任が認められるとしても、右のとおり、原告には本件事故の発生につき重大な過失があり、その割合は、原告の九割とするのが相当である。

四  被告政吉及び被告貞雄の主張に対する原告の認否

争う。

五  反訴請求原因

1  本件事故の発生と被告政吉の受傷

事故の態様の点を除き、本訴請求原因1の事実と同旨(事故の態様は、前記三被告政吉及び被告貞雄の主張と同旨)。

被告政吉は、本件事故により、右膝蓋骨開放性骨折の傷害を受けた。

2  責任(自賠法三条)

原告は、原告車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたものである。

3  損害額

(一) 治療費 三六万一八七一円

被告政吉は、前記傷害の治療のため、昭和五四年五月七日から同年六月一三日まで越谷十全病院に入院し、同年六月一四日から同年一一月二九日まで同病院に通院した。これに要した治療費は、右の金額となる。

(二) 入院雑費 二万六六〇〇円

被告政吉は、前記の如く三八日間越谷十全病院に入院したので、一日当り七〇〇円の割合で要した入院雑費は、右の金額となる。

(三) 休業損害 三〇万円

被告政吉は、本件事故前家業である建築業と農業の手伝に従事し、一か月平均一五万円の収入を得ていたが、右入院期間(三八日間)と引続き昭和五四年七月中は休業を余儀なくされ、この間収入を得ることができなかつた。そこで、その間の休業損害を算定すると前記金額となる。

(四) 慰藉料 五〇万円

被告政吉は、本件事故により前記の如き傷害を受け、その治療のため前記の如く入、通院をした。同被告の精神的肉体的苦痛を慰藉するには五〇万円が相当である。

4  よつて、被告政吉は原告に対し、金一一八万八四七一円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五四年四月二八日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  反訴請求原因に対する認否

1  反訴請求原因1の事実中、事故の態様の点は否認し、その余は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は不知。

4  同4は争う。

七  原告の主張(過失相殺)

本件事故は、被告政吉が急カーブの本件事故現場付近を制限速度を超え、時速四〇キロメートル以上の速度で、前方を十分注視せず、センターラインを越えて原告車の進路前方を対向して進行したことにより発生したもので、被告政吉に相当な過失がある。

八  原告の主張に対する認否

七の事実中、被告政吉が被告車を運転し、本件事故現場付近を時速四〇キロメートルで走行していたことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本件事故の発生及び態様について

原告主張の日時及び場所において、原告及び被告政吉がそれぞれ原告車と被告車を運転し、両車が衝突したことは当事者間に争いがない。

1  成立に争いのない乙第一号証の一ないし三、第二号証の一、二、第三号証の八ないし一一、原告及び被告政吉本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場付近の道路は、旧国道四号線から同四号バイパス方面に向い、西方から右カーブして南東方向にのびる道路である。そして、右道路は歩車道の区分のない幅員約六・一メートルのアスフアルト舗装道路で、道路のほぼ中央にセンターラインが白線で表示されている(以上の事実は、当事者間に争いがない。)。なお、右道路の制限速度は時速三〇キロメートルであり本件事故当日、路面は雨で濡れていた。

(二)  本件事故当時、原告は、貨物(スチール物置)を原告車に積載し、目的地を探しながら、右道路を旧国道四号線方面から同四号バイパス方面に向け原告車を運転走行していた。一方、被告政吉は、被告車を運転し、右道路を原告とは逆の方向に向け進行していた(原、被告車の各進行方向は、当事者間に争いがない。)。

(三)  原告は、本件事故現場付近にさしかかり、時速約三〇キロメートルの速度で進行し、前方自車線上に駐車中の自動車を避けるため、本件事故現場の約二七メートル手前の地点から対向車線に進入したところ本件事故現場の九・七メートル手前の地点に至つて、前方から被告車が進行してくるのを発見し、直ちに自車線方向にハンドルをきるとともに急制動の措置をとつたが、自車右前部が被告車の前部中央に衝突した。

一方、被告政吉は、自車線の中央寄りを、少なくとも時速四〇キロメートルの速度で進行し、本件事故現場付近の左カーブに差しかかつたが、本件事故現場から約九・五メートル手前に至り、自車線にはみ出して対向進行してくる原告車を認め、直ちに急制動の措置をとつたが及ばず、自車が制動を開始しないうちに原告車と衝突した。

2  なお、原告は、被告車が本件事故現場付近をセンターラインを越えて進行してきた旨主張し、被告政吉本人尋問の結果中にも、これに沿う供述があるが、右供述部分は以下に述べるとおり信用することができないので採用しない。

すなわち、前掲乙第一号証の一、三及び同第二号証の二によれば、本件事故現場は、センターラインから被告車線に約三〇センチメートル程度入つた場所であると推認されるところ、被告車(車体の幅は一五二センチメートル)は前部の中央を破損しているので、文字どおりの正面衝突ならば、衝突時において被告車が原告車線内に一部はみ出したものと考えられなくもない。

しかしながら、本件事故現場付近は被告車の方向からは左に急カーブしており、衝突後停止した双方の車両は、原告車が自車線に向け左にハンドルをきつた状態であるのに対し、被告車も原告車線方向に前部を斜めに向けた状態であつたこと、被告車は原告車よりやや軽量であり、衝突の衝撃でやや後退したものと推認されるところ、左にハンドルをきつた原告車による衝撃の方向は原告車線方向に加わる筈であるのに、なお自車線内で停止していることから総合すれば、被告車は、原告車に対し、同車の方向からみて左斜め前方から、自車線内で衝突したものと推認するのが相当である。

二  責任の帰属

1  被告政吉の責任

(一)  前記認定事実に前掲乙第一号証の二、同第二号証の二、同第三号証の九及び被告政吉本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 原告車は、急制動措置をとる前、時速約三〇キロメートルの速度で進行しており、衝突直前の制動痕は右側車輪が四・二メートル、左側車輪が四・〇メートルであつた。

(2) 他方、被告政吉が原告車を発見してから本件事故現場に至るまでの距離は約九・五メートルであつた。

(3) 衝突地点の原告車右側前部から被告車線の左側端までは、二・八メートルの間隔があつた。

(二)  以上の事実によれば、原告車は、本件事故現場においてほぼ自力停止をなしえたものということができ、他方被告車が制限速度の時速三〇キロメートル以内で走行していれば、やはり原告車を発見してから衝突地点付近でほぼ自力停止できるだけの距離があつたものということができる。またそのような速度を保持していれば、ハンドルを左にきり自車線内に避譲することも可能であつたものと推認されるのである。

(三)  従つて、被告車が自車線内を左寄りに進行し、かつ、制限速度を遵守していれば、本件事故を直前に回避し得たか、もしくは、仮に衝突しても、その衝撃は極めて微弱な程度に止まり、後記のような原告の重大な損害の発生には至らなかつたであろうことを容易に推認することができる。そして、本件事故現場付近が見通しの悪い急カーブで、しかも雨のため路面が濡れ、スリツプし易い状態であつたのであるから、被告政吉は自車線を左に寄り、制限速度を遵守して進行すべき注意義務があつたものというべきである。

(四)  それにもかかわらず、被告政吉はこのような措置をとることなく、漫然と時速約四〇キロメートルの速度で、センターライン寄りを進行したのであり、その結果、原告車を発見して急制動の措置をとつたが及ばず、またハンドルを左にきる避譲措置をとることができないまま、本件衝突に至り、原告に後記のような損害を生じさせたのである。従つて、本件衝突事故は被告政吉の過失にも起因するものと認めるのが相当であり、被告政吉は、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて生じた原告の後記損害を賠償する責任があるものというべきである。

本件事故が原告の一方的過失に起因するものであるとの被告らの主張は、以上に述べたことから採用することができない。

2  被告貞雄の責任

被告貞雄が被告車を自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがないところ、被告政吉にも本件事故につき前記の如く過失が認められる以上、被告貞雄も原告に対する損害賠償責任について免責される余地がなく、同人は、自賠法三条に基づき、本件事故によつて生じた原告の後記損害を賠償する責任があるものというべきである。

3  原告の責任

(一)  原告が原告車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがなく、前記一1(三)及び同2で認定した事実によれば、本件事故は、原告がセンターラインを越えて走行したことにより惹起されたことは明らかである。

そうである以上は、原告は、自動車運転手として遵守すべき通行区分に反して自動車を運転してはならない注意義務を怠つたまま、センターラインを越えて走行したのである。

(二)  前記一1(三)で認定した事実によると、原告は、本件事故現場の手前の自車線上に駐車車両があつたため、センターラインを越えたものであることが認められるので、この点が原告の過失責任の有無を左右するかどうか検討する。

原告主張の駐車車両は、同人立会の実況見分調書(前掲乙二号証の一、二)によつても、本件衝突地点からは一〇メートル以上離れており、駐車車両を追い越したのち、直ちに左にハンドルをきつて自車線内に戻ることは可能であつたのであり、かつ、本件事故現場付近のような見通しの悪い急カーブの道路においては、そのような措置をとるべきであつた。従つて、原告車がセンターラインを越えた理由の如何により、同人の責任の有無が左右されるものではないと解すべきである。

(三)  してみれば、原告は、自賠法三条に基づき、本件事故により被告政吉が受けた後記損害を賠償する責任があるものというべきである。

三  本訴(原告の損害)について

1  受傷及び後遺障害について

(一)  受傷及び治療経過

原本の存在と成立に争いのない甲第一ないし第四号証、成立に争いのない甲第一八号証及び原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

原告は、本件事故により、頭部外傷、胸部打撲及び頸椎捻挫の傷害を受け、昭和五四年四月二七日から同月二九日までは越谷十全病院、同月二九日から同年五月一一日までは埼玉医科大学附属病院に入院し、以後しばらく、同病院に通院したが、手や体のふるえ、歩行障害が悪化し、同年六月二〇日から同年九月二七日まで同病院に再入院した。以上の入院総日数は一一五日である。その後、種々の治療を試みたが症状が改善せず、今後の回復の可能性も極めて低いことから、同年一一月一二日同病院の医師から症状が固定したとの診断を受けた。

(二)  後遺障害の程度

(1) 本件後遺障害について、原告は自賠法施行令別表等級表三級三号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」に該当すると主張し、他方、被告らは、同等級表七級四号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当すると主張する。

(2) そこで検討するに、前掲甲第一八号証、証人窪田惺、同大槻成子の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、現在の原告の症状は平衡障害を中心とする立位、歩行の著しい困難と手のふるえが残存し、壁によりかかりながら単独で食事をすることは辛うじて可能であるものの、家庭内での起居動作は妻の介助に頼らなければ行い得ない状況であることが認められ、これによれば、立位、歩行を伴う労務は不可能であり、また座位による労務においても指先の細かい運動を要する仕事は著しく困難なものと認めざるを得ない。

また、以上に述べた労務以外に原告が就労可能な内容の労務があるかどうかについて考えるに、原告の年齢も合わせて勘案すると、にわかに見出し難い。

(3) そうすると、原告の前記症状は軽度の労務にも服し得ないものとして、前記等級表の三級三号に該当するものと解するのが相当である。

(三)  本件事故と後遺障害との因果関係

前掲甲第一ないし第四号証同第一八号証に、原本の存在と成立に争いのない甲第一〇ないし第一三号証及び成立に争いのない甲第一五号証を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 原告は、本件事故の約一時間後、意識に障害を生じ、当日越谷十全病院に入院し、点滴治療を受けた。そして、翌四月二八日、頭痛を訴え、また「犬の鳴き声がする。」など、耳鳴りによると考えられる症状を訴えた。

そこで、四月二九日に知人の紹介で、埼玉医科大学附属病院に転院し、受診した。その際自覚症状として頭痛を訴え、また他覚症状として起立の不能が認められた。その後、同病院において、コンピユーターによる脳の断層撮影検査を実施したところ、外傷による著変は認められなかつたものの、歩行器を使用しての歩行を試みさせたところ、右へ偏る傾向がみられ、また、頭部を左右に振ると目まいや四肢のふるえの症状を来たした。その後、右の症状がやや軽快に至つたので、五月一一日退院させたが、六月初旬ころからは再び、歩行時に四肢のふるえを来たし、六月二〇日同病院に再入院した。

(2) 同病院で、その後、神経耳科学的検査、眼科等の検査を実施したところ、小脳ないし中脳周辺の病変を示唆する所見がみられ、また、椎骨動脈撮影により、第五及び第六頸椎骨に骨の突起がみられ、それによつて椎骨動脈が狭くなつている所見がみられた。

同病院における投薬及び機能回復訓練等の治療により、原告の症状はやや軽快し、病院内での歩行が可能となつたので、九月二七日退院した。その後再び、歩行障害が悪化し、現在まで同病院に妻の介助により通院しながら、治療を継続しているが、介添なしの立位歩行不能、手のふるえが残存し、自覚症状として耳鳴り(主として左耳)を訴えている。

(3) 被告らは、原告が、本件以前の交通事故により、頭部外傷等の傷害を受け、入院したことがあり、原告の本件後遺障害は、かかる原告の内部的要因が顕在化したのであるから、本件事故による受傷とは因果関係がないと主張する。

(ア) 前掲甲第一二、一三号証及び原告本人尋問の結果に成立に争いのない乙第三号証の一二第一一号証を総合すると、原告は、昭和四一年四月ころ、知人の自動車に同乗して交通事故にあい、頭部外傷及び頸椎捻挫の傷害を受け、入院中めまい、立ちくらみ等の平衡障害や体のしびれを訴え、治療のため慈恵会医科大学附属病院に転院し、空気脳室撮影等の検査を受け、外傷性小脳失調と診断され、その診断の下に、身体障害者手帳の下付を受け、さらに、小田原市の身体障害者リハビリテーシヨンセンターに入院し、約六か月間の機能回復訓練を実施した結果、右の症状が著しく軽快するに至つた事実を認めることができる。

(イ) さらに、原告本人尋問の結果により、いずれも昭和五一年以降本件事故以前までの原告本人の写真であることを認める甲第八号証、前掲甲第一二号証、第一三号証、乙第一一号証、証人大槻成子の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、右交通事故による障害が軽快した後、身体障害者手帳を返還し、自動車免許証を取得して貨物運送の仕事に従事し、昭和四八年には妻成子と再婚し、本件事故に至るまで、何ら異常を訴えることもなく、平常な生活を営んできた事実を認めることができる。

(4) 以上の各事実をもとにして検討するに、原告の本件後遺障害は、前記交通事故による、受傷及び障害の病名、部位及び症状がほぼ一致しており、それが、本件後遺障害の素因をなしていることは否定できない。

しかしながら、右交通事故は本件事故より一三年程も以前のことであり、原告には、右事故による障害が軽快に至つた後、本件事故に至るまで何ら右事故による障害を疑わせる症状を発した事実が認められないこと、原告は、本件事故の約一時間の後、意識の障害を起こしていることの事情もあり、これらの事情を勘案すると、原告の前記症状は、少なくとも、本件事故を契機として発生したものであることは疑いようがなく、本件事故に起因するものとしてその因果関係を認めるのが相当である。

(5) もつとも、かかる場合、本件後遺障害に基づく全損害を被告らに負担させるのは、損害の公平な分担という不法行為法の理念上相当でなく、原告側のそのような素因を損害額算定における減額事情として考慮し、現在の症状に対する前記事故による受傷の寄与度として、他に特段の事情のない本件では、過失相殺に準じ、後記入院雑費及び看護料を除くその余の損害について一割を控除するのが相当である。

2  損害額

本件事故により、原告には次のとおり損害が生じたことを認めることができる。

(一)  入院雑費及び看護料 三七万九五〇〇円

原告が前記入院期間(全一一五日間)中に要した費用は、諸般の事情を考慮し、右全期間について一日あたり、諸雑費として五〇〇円、近親者の付添看護料として二八〇〇円の割合による合計三七万九五〇〇円と認めるのが相当である(3300円×115=37万9500円)。

(二)  休業損害 一六三万三九〇八円

証人大槻成子の証言により真正に成立したものと認める甲第五号証の一ないし三及び同証言によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 原告は、本件事故当時、訴外伊藤運送を通じ、訴外新流通運輸株式会社及び訴外新流通倉庫株式会社からスチール製物置の運送と組立を請負い、昭和五三年五月から昭和五四年四月までの一年間に合計四〇二万八九六〇円(諸経費控除前)の収入を得ており、またその間の諸経費は、ガソリン代二五万八六九五円、保険料、車検費用等で四三万五七三〇円の合計六九万四四二五円であつたから、その間の純収入は三三三万四五三五円であり、一か月の平均収入は二七万七八七七円、一日あたりの平均収入は九二六二円となる。

(2) 原告は、本件事故による傷害の治療のため、昭和五四年四月二七日から症状固定日である昭和五四年一一月一二日までの合計二〇〇日間休業を余儀なくされた。

そうすると、原告は、本件事故のため、右期間分に相当する金額の休業損害を蒙つたものと推認することができ、その合計額の一割を減額すると、合計一六三万三九〇八円となる((27万7877円×6)+(9262円×16)=181万5454円)、181万5454円×0.9≒163万3908円)。

(三)  逸失利益 三四六二万一三七六円

前記認定のとおり、原告は、本件事故による受傷の結果、前記後遺障害が残り、その程度は自賠法施行令別表等級表三級相当と認められるところ、右後遺障害に伴う原告の労働能力喪失率は一〇〇パーセントであり、またその継続期間は、前記後遺障害の内容に照して、前記症状固定時五一歳(原告の年齢は前掲乙第三号証の一一により認める。)の原告につきその後の稼働可能年数と推定しうる六七歳までの一六年間全期間にわたるものと推認することができる。そして、前記認定のとおり、原告は本件事故前一年間に三三三万四五三五円の収入を得ており、これらを総合すると、原告は、本件事故当時、年間三三三万四五三五円を下らない収入を挙げ得る稼働能力を有していたものと認めることができる。

そこで、前記後遺障害による労働能力の喪失により、原告が前記症状固定後の推定稼働可能年数である一六年間に得べかりし収益の喪失額を、ホフマン式計算法により中間利息を控除して、右症状固定時の現価に引き直してその総額を求め、さらにその一割を減額すると、次の算式のとおり合計三四六二万一三七六円となる(333万4535円×0.9×11.5363≒3462万1376円)。

(四)  将来の介護料 八一二万四三五四円

前記認定事実によれば、原告は前記後遺障害のため、将来にわたつて近親者の介護を要し、その期間は症状固定時から二三年間(平均寿命七四歳)と推認するのが相当である。

そして、原告の後遺障害の程度を勘案すると、年間の介護料としては六〇万円を下らない金額を要するものと考えられるから、これにより将来支出を要すべき介護料相当の損害額を、ホフマン式計算法により中間利息を控除して、右症状固定時の現価に引き直して求め、さらにその一割を減額すると次の算式のとおり合計八一二万四三五四円となる(60万円×15.0451×0.9≒812万4354円)。

(五)  慰藉料 六〇〇万円

本件事故の態様、原告の傷害の内容、程度、治療経過、後遺障害の内容、程度その他諸般の事情(後記原告の過失を除く。)を総合すると、原告の慰藉料額は六〇〇万円とするのが相当である。

3  過失相殺

前記一及び二で認定した原告と被告政吉の双方の本件事故及び損害の発生に対する寄与度を対比すると、原告には略七割程度の過失があつたものと認められ、右損害額に対しその割合の減額をするのが相当である。

4  損害の填補

原告が、本件損害に関し、既に自賠責保険から八三六万円を受領していることは当事者間に争いがない。

そこで、前記損害額から右八三六万円を差引くと、残損害額は六八六万七七四一円となる。

5  弁護士費用 七〇万円

本件事案の内容、審理経過、認容額に照らすと、原告が被告らに対し本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は七〇万円とするのが相当である。

四  反訴(被告政吉の損害)について

1  受傷及び治療経過

被告政吉が、本件事故により、右膝蓋骨開放性骨折の傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第四号証によると、被告政吉は右傷害の治療のため、昭和五四年五月七日から同年六月一三日までの間越谷十全病院に入院し、その後同年六月一四日から同年一一月二九日までの間同病院に通院し(実日数一六日)、右傷害は全快に至つたことを認めることができる。

2  被告政吉の損害額

(一)  治療費 三五万五二六〇円

成立に争いのない乙第五号証の一ないし五によれば、被告政吉は、右入・通院期間中の治療費として、合計三五万五二六〇円を支払つたことが認められる。

(二)  入院雑費 一万九〇〇〇円

被告政吉が前記入院期間(全三八日間)中に要した費用は、諸般の事情を考慮し、一日あたり雑費として五〇〇円の割合による合計一万九〇〇〇円と認めるのが相当である(500円×38=1万9000円)。

(三)  休業損害 三〇万円

被告政吉本人尋問の結果によれば、同被告は本件事故当時家業の農業、鳶職の手伝いをし、一か月一五万円の収入を得ていたものと認められるので、本件傷害の程度からみて、休業を余儀なくされたものと認める二か月間の休業損害を算定すると右の金額となる(15万円×2=30万円)。

(四)  慰藉料 五〇万円

本件事故の態様、被告政吉の傷害の内容、程度、治療経過に後記被告政吉の過失の点を除く諸般の事情を総合すると、被告政吉の慰藉料としては五〇万円とするのが相当である。

3  過失相殺

前記三3で認定した双方の過失の程度を斟酌し、被告政吉には、本件事故の発生につき略三割程度の過失があつたものと認められ、右損害額に対しその割合による減額をすると、被告政吉の損害額は八二万一九八二円となる。

五  結論

よつて、原告の被告らに対する本訴請求は、被告らに対し各自金七五六万七七四一円及び内金六八六万七七四一円に対する本件事故の発生日である昭和五四年四月二七日から、内金七〇万円に対する本判決言渡の日の翌日である昭和五八年一〇月二二日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の本訴請求は失当として棄却することとし、また、被告政吉の原告に対する反訴請求は、原告に対し、金八二万一九八二円及びこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和五四年四月二八日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の反訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野孝久 加藤一隆 坂部利夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例